PARTNER STORY 2023-24

何もない更地から始まった幕張ベイパークの街づくりとアルティーリ千葉の躍進を重ね合わせる

幕張ベイパーク(千葉市美浜区若葉)の一帯が、新しい街としてのスタートを切ったのは2015年のことだ。それまで千葉県が文教地区としての開発を前提に管理していた地域だが、県の方針転換とともに居住区域としての開発が始まった。三井不動産レジデンシャル株式会社は、そのとき開発に名乗りを上げた企業の一つだ。「土地を取得してから約8年開発に取り組み、今も街づくりを進めています。最終的な完成は2030年頃(予定)。土地の取得から15年かけて街づくりをしていく計画なんです」。同社千葉支店の大屋知久が教えてくれた。

まだ開発途上で建設中の建物もある。しかし、現時点でも既にタワーマンションがいくつもそびえ立ち、スーパーマーケットやコンビニ・保育園などのデイリーサービスはもちろん、地域の人々が憩いのひとときを過ごせるカフェやブルワリーがそろった「MAKUHARI NEIGHBORHOOD POD」など、街としての機能性は十分整えられている。それでも街の発展はまだまだこれからが本番。そして2030年に事業としての完成を迎えるとしても、人々の暮らしはそれ以降の方が長くなるのだ。したがって開発事業が終わったからと言って「さよなら」というわけにはいかない。自らの仕事は、将来的に10,000人を超える人々が暮らすことになる地域の持続的な発展の礎。「建物をつくるだけでなくどのような暮らし、どんな生活・体験ができるかというところまで踏み込んで街づくりを行っています」と大屋は情熱を語る。

米国オレゴン州「ポートランド」をモデルに、街の持続的発展を促す土台づくりに取り組む

幕張ベイパークの開発に際しては、街づくりのコンセプトとしてアメリカのオレゴン州ポートランドをモデルにした。ポートランドはかつて工業地帯だった区域を行政と民間が協力して計画的に開発している街だ。特徴として「住まい」や「職場」「商業施設」を徒歩圏内に配置した複合型の開発であること、また住民や店舗等のローカルプレーヤーが街づくりに参加する文化があることで世界の注目を浴びている。

幕張ベイパークもハード・ソフト両面で特徴ある街づくりを行っている。その1つが街全体で統一したデザインを描くために設けた「デザインガイドライン」だ。デザインガイドラインの策定にはTOKYO2020オリンピックで晴海の選手村を手掛けた光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所株式会社が関わり、建物の外観デザインから植栽計画、照明計画等の細部まで「街」としてどうデザインすれば統一された景観が生み出せるのか考えて作ったものだ。一方で個別の建物には、それぞれに異なるデザイナーの力を借り、景観にアクセントを生み出している。例えば、幕張ベイパーク内で3棟目のタワーマンションになる幕張ベイパークミッドスクエアタワーと併設された「MAKUHARI NEIGHBORHOOD DOCK」と呼ばれる商業施設は、ZGFアーキテクツという米国「ポートランド」のデザイン事務所が手掛けた。ZGFはNBAサンアントニオ・スパーズの練習施設や、ポートランド国際空港メインターミナルのデザインを手掛けた事務所として知られている。

ローカルプレーヤーの参画による持続的な街づくりという観点からは、「B-Pam」というエリアマネジメント組織を立ち上げた。「B-Pamは、開発に携わった我々がいなくなった後も継続的な街の発展や賑わいづくりが行われていくように、住民の方々や店舗が加入する組織です。住民・店舗の方々が自分たちで街を良くしていこうと日頃から主体的に活動を行っています」。地域の居住者の中には様々なノウハウを持つ人々がおり、地域住民が協力することで街の賑わいを作り出しているという。

そうした人々とコミュニケーションをとりながら、街づくりについて考えプロジェクトを推進することが大屋の仕事だ。大屋の日常は多忙だが、変わりゆく街並みは意欲の源で「すごく責任を感じますが、一方で自分が頑張った分だけ街が良くなっていく感覚もあって、すごくやりがいがあります」と力強い。

アルティーリ千葉と一緒に、バスケで街を盛り上げたい

大屋がアルティーリ千葉に出会ったのはB2昇格を知ったとき、まずはファンとしてのことだった。「ホームページを見たらかっこいいし、B2の開幕戦に行ったら会場の盛り上がりがすごくてそれ以来ずっと応援しています。幕張ベイパーク内の店舗である『幕張ブルワリー』とコラボしたクラフトビールを作っていたり親近感を感じてました」。小学校から大学までバスケットボールをプレーしていた大屋だが社会人になってからは一度もバスケットボールをしていなかった。「自分の学生時代はバスケットのプロリーグはありませんでした。Bリーグができたことは知っていましたが観戦したことは一度もありませんでした。だからアルティーリ千葉の試合を見て日本のバスケがここまで盛り上がっていることに正直驚きました。」と大屋は語る。

B2シーズン中には試合会場にも足を運び、シーズン後半にかけてどんどん盛り上がりをみせていることは肌身で感じていたという。「シーズンを通してチームの連携やゲーム内容がどんどん良くなっていって、観客数も増えていくことに驚きました。また選手・チームスタッフだけでなくクラブスタッフの方々も本当に一生懸命で『B1に絶対に昇格するんだ』という想いを感じました。残念ながら長崎とのプレーオフに負けてしまいB1昇格は実現できませんでしたが、そのときにクラブスタッフの方々が悔し涙を流しながらファンの方々を見送っているところが印象に残っています。

街づくりを行っていく上でアルティーリ千葉と何かできないかと考えているところにパートナーシップのオファーがやってきた。「どこまで社内を説得できるかと思ったんですけど、三井不動産グループとして、バスケットボールを含むスポーツへの支援に積極的な社風もありましたし、ポートランドに視察に行った際も現地のブルワリーでNBA観戦が行われていたりして地元スポーツをみんなで応援する文化のようなものが醸成できればいいよね」と社内でも賛同が多かったという。

街づくりのモデルがポートランドということもあり、大屋はアルティーリ千葉に、熱狂的なファンベースの存在で知られるNBAのポートランド・トレイルブレイザーズに似た存在感も期待している。「アルティーリ千葉を通じて住民の方々の交流が深まったり、みんなで地元チームを応援することで盛り上がればいいなと思ってます。ファミリー世帯が多い街なので子ども達がバスケに興味を持ったり、プロ選手を夢見たりできたらすごくいいですよね」

また何もないところから偉大なる歴史を追い求める、アルティーリ千葉のライジングストーリーにも強く共感したという。「幕張ベイパークは何もない広大な更地から始まった開発です。不動産業界的には、都心から遠く、駅からも遠いということでかなり難易度の高いプロジェクトでした。当時私は別の部署にいましたが本当にここで事業をやるのか?と半信半疑でした。そこを当時の事業担当者が様々な困難にぶつかりながらも開発を行い、やっと全事業の折り返し地点が見えてきたところです。「何もない更地から新たな挑戦として始まった幕張ベイパーク」と「千葉市に新たに生まれファンを魅了し続けるアルティーリ千葉」は何か重なる部分がある、そういう思いでパートナーになりました」。

この思いにぜひとも応えたいアルティーリ千葉にとって、ブレイザーズは実のところお手本とすべきチームと言える。1970-71シーズンからNBAに加わったブレイザーズは、ポートランドの熱狂的なコミュニティーに背中を押されて1977年に初のリーグ制覇に成功。今日まで53年にわたる歴史を綴っているのだ。

アルティーリ千葉はご存じのとおり、「創設5年で日本一になる」という目標を掲げている。ポートランドをモデルとした幕張ベイパークの発展に、アルティーリ千葉がブレイザーズをしのぐライジングストーリーで花を添えられるとしたら、クラブの歴史はコミュニティーの歴史に昇華して語り継がれるものになるだろう。今、両者は手を携え、そのスタート地点に立っている。